体験する

明治27年から昭和47年に
閉山するまでの80年間で
なんと金、約40t、銀、約160tを産出し、
東洋一の黄金郷と謳われました。
約800mの坑道に今も残る夢の跡を
たどってみましょう。

坑道探検

バッテリー機関車と鉱車 バッテリー機関車と鉱車
坑道内部 海抜0mまで達する立坑
巻上機 エレベーター巻上機
作業風景 コールピックでの作業
バッテリー機関車と鉱車 バッテリー機関車と鉱車
坑道内部 海抜0mまで達する立坑
巻上機 エレベーター巻上機
作業風景 コールピックでの作業
地底博物館 黄金の歴史を体験する

かつて東洋一の金産出量を誇った鯛生金山。明治から昭和にかけて日本有数の金山として栄え、地域の発展を支えてきました。その歴史と技術、当時の暮らしを今に伝えるのが「地底博物館」です。最盛期には総延長110km、地下500mに及ぶ坑道を有し、日本の近代産業を支えた重要な鉱山のひとつでした。

地底博物館の内部
ミステリー坑道探検 黄金が眠るダンジョンの世界へ

総延長110km、地下500mに広がる坑道。かつて金を掘り続けた本物の現場を歩きながら、まるで冒険のような体験が楽しめます。

ミステリー坑道探検

ひんやりとした坑道内は、
年間を通して約14℃。
リアルに再現された
採掘現場や立坑の展示、
ダイナミックなライトアップ演出が、
子どもも大人もワクワクする"
地底の世界"へと誘います。

料金のご案内

【入坑料金】

※見学時間は約30分〜40分程度です。
※団体(20名以上)の場合は団体料金表をご覧ください。

料金表を見る
【入坑料金+砂金掘り体験セット料金】

地底博物館の坑内見学と砂金掘り体験をセットにした、
お得なセット券をご用意しています。

料金表を見る

ゴールドハンティング
(砂金採り体験)

体験風景 体験の様子
パンニング皿 パン(お皿)の底に光る砂金
スチロール瓶 スチロール瓶
宝探し 子どもの宝の石さがし
体験風景 体験の様子
パンニング皿 パン(お皿)の底に光る砂金
スチロール瓶 スチロール瓶
宝探し 子どもの宝の石さがし
大人も子どもも夢中!
本物の金を、見つけよう

水の中から砂金を探し出す、人気の体験プログラム。
小さなお子さまでも挑戦できます。
坑道内を散策して歴史を学んだあとは、ゴールドハンティングにチャレンジ!

専用の皿を使って砂の中からキラリと光る金を探します。
見つけた砂金はそのままお持ち帰りOK。
家族みんなで盛り上がる、思い出づくりにぴったりの体験です。

※令和7年11月1日より、スチロール瓶は1個につき50円(税込)を頂戴いたします。

砂金採り体験の様子

はじめてでも安心!
砂金の採り方を動画で紹介

砂金の上手な採り方を
動画で解説しています
小学1年生までのお子様限定
「子どもの宝の石さがし」

キラキラ光る宝石を、自分の手で探してみよう。
小さなお子さまでも安心して楽しめる、ワクワクいっぱいの体験です。

※お子様ご自身で体験していただく体験です。
保護者の方は見守りをお願いいたします。

子どもの宝の石さがし

料金のご案内

料金のご案内

※金価格高騰の影響により、令和8年1月23日より一律170円の価格改定を実施いたしました。(※子どもの宝の石さがしは対象外です)

料金表を見る

【セット料金(入坑+砂金採り)】

地底博物館の坑内見学と砂金採り体験をセットにした、
お得なセット券です。

料金表を見る

金山の歴史

東洋一と呼ばれた黄金郷

鯛生金山は、明治から昭和にかけて
約80年間操業し、
日本の近代産業を支えました。
金約40トン、銀約160トンを産出した、
日本有数の金山です。

最盛期には多くの人々が集まり、
学校や病院、商店が立ち並ぶ、
山の中のひとつの“町”が
築かれていました。

鯛生金山
歴史年表

1894(明治27年)

行商人が拾った「白い石」をきっかけに金鉱が発見される。

1898(明治31年)

地元の田島儀一氏と鹿児島の南郷氏によって採掘が始められる。

1918(大正7年)

英国人のハンス・ハンター氏により、近代的な設備の採掘を開始。
海外からも多くの人が集まり、「東洋のエル・ドラード(黄金郷)」と呼ばれた。周辺には、水力発電所、病院、小学校、配給所、社交クラブ、カフェ等が次々と建ち、鉱山町が形成された。

1925(大正14年)

ハンス・ハンター氏から木村鐐之助氏が経営権を継承。大規模な採掘を行い、大きな富鉱脈を発見。

1937(昭和12年)

全盛期を迎え、金の産出量は年間2.3トンを記録。「東洋一の産金鉱山」となる。従業員は約3,000人を数え、村内には映画館や飲食店が建ち並び、村全体が賑わっていた。

1943(昭和18年)

国の金山整備令により保坑鉱山となり、昭和19年休山となる。

1956(昭和31年)

鯛生鉱業K.K(住友金属鉱山の子会社)による操業再開。

1972(昭和47年)

閉山。

2007(平成19年)

経済産業省の「近代化産業遺産」に登録される。

ハンスハンターについて

ハンス・ハンター(1884–1947)は、英国人実業家と日本人女性の間に生まれ、イギリス王立鉱山学校で鉱山学と冶金学を学びました。大正7年(1918年)に鯛生金山を取得し、鯛生金山株式会社を設立。英国製の最新設備を導入して操業を開始します。その後、金の産出量は急増し、大正13年には1トンに達するなど、「東洋一」と称される金山へと発展しました。

ハンス・ハンターの肖像写真

鯛生金山殉職者慰霊之碑・
北村西望作(レリーフ)

鯛生金山殉職者慰霊之碑には、長崎の平和祈念像で知られる彫刻家・北村西望(1884~1987年)による銅板レリーフが飾られ、当時の作業風景を今に伝えています。旧歴史資料館は老朽化や豪雨災害により閉館しましたが、旧売店スペースを改修し、令和3年7月に「金山資料室」として再オープン。現在は3つの資料室で展示を行っています。

鯛生金山殉職者慰霊之碑の風景写真